カポエイラの”秘密”と”護身術”

どうもりゅうです。

カポエイラそのものを説明する時に、「格闘技」「護身術」というワードを使うことがよくあります。
例えば、「カポエイラはブラジルの黒人奴隷達が権力者、支配者から身を守るためにダンスに見せかけて密かに練習していた護身術だ」といったような文脈です。
しかしカポエイラを理解する時に使う言葉として「バレないようにダンスに見せかけた護身術」、というのは実は誤った認識を与えてしまう場合があります。なぜならそこには手段と目的の齟齬があるからです。

カポエイラの歴史から

カポエイラの名前の由来や歴史については、別の記事をご覧ください。

カポエイラの語源と由来

カポエイラの歴史

この記事にも記載の通り、現在の文化的なものから、犯罪行為、政府軍と衝突するキロンボの戦闘行為まで、様々なものが一緒くたに「カポエイラ」と呼ばれてきました。
ですがどのカポエイラの歴史について書かれた論文や記述でも、また現代のカポエイラの指導者達の認識でも、奴隷達の個人や団体が「護身術として密かに練習していた」という記録はありません。

護身術を目的としてやっていたのではなく、カポエイラの技術を護身にまたは闘争に利用することがあった、というのが歴史上の認識です。

またよく言われる「ダンスに見せかけて云々」というのも、そもそも最初からダンスに見せかけて護身術をこっそり練習していた、というより、カポエイラをしている時に保安官や権力者、警察に見つかりそうになった時、咄嗟にダンスに見せかけることで言い逃れをしていた、というニュアンスで語られています。

つまり日本でカポエイラが語られる際、「バレないように秘密におこなわれていた」事実と、「護身術、格闘技」的な側面がイメージの中で結びつき、”秘密裏に練習され受け継がれていた禁じられた格闘技or護身術”のようなイメージ、ストーリーができあがってしまったのだと思いますが、本当のところは「身を守る護身術」も「バレないように秘密に」というのも、カポエイラをに関する”方法”であって、そもそもの”目的”ではない、ということです。

結論

バレないように音楽をつけたりダンスに見せかけた格闘技としてカポエイラが誕生したわけではなく、カポエイラをしていたが見つかると逮捕されるため、ダンスと偽った、ということです。
また同様に護身術として練習していたのではなく、カポエイラの技術がいざ身を守るときに役立ったのであり、また別の側面としては「お祭り、遊び、文化的なもの」と、「権力者や警察と戦う武力行為」もまとめて”カポエイラ”と呼ばれていて、事実として両側面が混在することもあった、というのが正しい認識といえるでしょう。

もはや鶏が先か卵が先か、という話と同様に、古いカポエイラの実践者の中には大勢「護身術」を目的としてやった人もいたでしょうし、奴隷達の時代にもそういう目的を持った人もいたはずです。

しかし大部分の人々はどうだったかというとおそらくこの記事内の私の意見、主張は、ブラジル国内の歴史認識に沿っていると思います。

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