どうもりゅうです。
カポエイラの歌の歌詞には度々、
Senhor とか Senhor do engenho
という言葉がたびたび登場します。
今回はその言葉の意味、それにまつわる歴史を解説します。
Senhor セ(シ)ニョーと発音します。
一番基本的な意味はポルトガル語で「貴殿、あなた」というような男性を指す言葉で、敬意を含んでいます。
英語で言うとsirとかgentlemanといった意味です。
現在のポルトガル語でも、例えば店内で男性のお客さんに丁寧な接客をするとき、Senhor と日常的に使います。
カポエイラの歌詞でもこうした丁寧な呼びかけであったり、特定の誰かを敬意をもって指す言葉としても使われています。
カポエイラで使われるSenhor の意味
ブラジルの歴史的な背景として、Senhor とは Senhor do Engenho (シニョー ド エンジェーニョ)を指すことがあります。
16世紀にブラジルに入植したポルトガル人達は、広大なブラジルの土地を開拓しサトウキビを栽培しました。労働力としてアフリカから奴隷として大勢の人をブラジルに連れてきて、仕事に従事させました。
engenho(工場) de açúcar(砂糖の) とは、精糖工場を意味する言葉で、サトウキビから砂糖やその他の派生品(糖蜜やカシャーサ)へ加工する場所です。こうした先進国が植民地で奴隷を使い単一栽培や加工を行い、自国へ出荷したり他国と貿易することを「プランテーション農業」といいます。
これら精糖工場やサトウキビ農園は、製糖所の領主が所有し、奴隷宿舎や奴隷達もその領主の所有でした。
領主とその家族はCasa Grande(大きな家)と呼ばれる屋敷に住み畑や広大な領地を一望できる高い場所に建てられました。
一方奴隷の人たちは、Senzalaと呼ばれる奴隷小屋に住んだり、一部は家事や育児の仕事のために屋敷に住むものもいました。奴隷達の監督者や、精糖や器具などの職人は領主に雇われ敷地内に住むこともあり、奴隷の中からそうした比較的職責の高い地位を与えられるものもいました。
Senhor do Engenhoとは、大規模プランテーション農園の主人であり、企業でいう社長であり、町長であり、その地域一帯の絶対的な権力者であったのです。
カポエイラの歌詞に出てくるセニョーとは、このSenhor do Engenhoを指すことが多くあります。
奴隷の人からすれば目上の偉い人というだけでなく自分自身の生殺与奪権まで持つ人であり、尊敬というよりも畏怖を向ける相手なのです。
この場合のSenhorの言葉は、現代普段から使うような男性への敬称ではなく、こういった特別な意味があることを忘れてはいけません。
ただ難しい点には、カポエイラの歌詞でも序盤に述べたように普通の男性への敬称として使うこともあり、または奴隷から見た領主を指すこともあり、それは歌全体の意味、文脈を見て考える必要があります。