どうもりゅうです。
カポエイラとは、格闘技、ダンス、文化と様々な側面をもっていて、カポエイラとはなにかというとこは様々な意見や価値観を聞くことがあります。
カポエイラの論文を読んでいて、カポエイラについての興味深い論述を見つけたので紹介しながら解説したいとおもいます。
カポエイラへの認識の人による違い
20世紀を代表するバイーアの偉大なメストレに、メストレ ジョアン ピケーノとメストレ コブリーニャ ベルジがいます。
ジョアン ピケーノはカポエイラアンゴーラの始祖メストレ パスチーニャの直弟子です。
メストレ コブリーニャ ベルジはビゾウロ マンガンガのいとこで弟子でもあります。そしてパスチーニャと協力して活動していた時期もあり、ジョアンピケーノなどを育てた人物です。
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メストレ コブリーニャ ベルジはインタビューで過去にこのように語りました。
「私はカポエイラをスポーツとして考えているとは決して言えません。私はカポエイラを格闘技、自己防衛の一形態だと考えています。私は戦いを通して多くのものから自分を守りました。私はナイフで身を守り、マチェットで身を守り、棍棒で、鎌で身を守りました。私は銃弾からも身を守りました。私は18発の銃弾を受けたが、どれも私に当たらず、2発はマチェーテの先で防ぎました。だから私は決してそれをスポーツとして扱うことはできないのです。 私は自分の身を守ったカポエイラは、 その他の古いアンゴレイ同様に魔法のようなちからがありましたが、それをカンドンブレの文化的な魔法と混同する人はいませんでした。」
一方メストレ ジョアンピケーノは別のインタビューでこのように語っています。
「たとえば、『うちのグループは試合もするし、何でもやる』と言いながら、結局は喧嘩や騒ぎだけを生むような、喧嘩屋やいじめっ子は好きじゃない。もしダンスなら…女の子をダンスに連れて行くなら…彼女を殴るつもりですか? 仲間を連れて一緒に遊んでも、殴ってはいけません。カポエイラは完璧さの中に優しさを見出さなければなりません。相手を殴ることではありません。だから私はカポエイラをこのように教えています。パスティーニャ先生も、カポエイラは相手を蹴りを当てて攻撃することではなく、相手が防御していないのを見て、足を下ろす前に足のブレーキをかける、と言っていました。彼は私にそれを教えてくれました。」
カポエイラに関する二つの異なる視点が、バイーアのカポエイラ・アンゴラを代表する二人の師範によって語られています。一つ目の視点ではカポエイラを戦いとして捉え、もう一つの視点ではダンスや遊びとして捉えています。
この二つの視点は、それぞれ異なる時代や背景と結びついています。まず、コブリーニャ・ヴェルジの回想では、かつてのストリート・カポエイラ、すなわち乱暴者やマランドロ(したたかな者)、ならず者たちが関わる時代のカポエイラが語られています。この文化は現在でも、サルヴァドールの街角や広場で特定の機会に見られることがあります。
一方、ジョアン・ペケーノの証言では、名高い師範パスチーニャ氏が創設した「カポエイラ・アンゴラ・センター」のスタイルが語られています。このスタイルは、遊び心や仲間意識、そして戦いのふりをする要素を基盤としています。
20世紀を代表する同じカポエイラアンゴーラの古いメストレでも、こんなにもカポエイラに対する認識は異なるのですから、いかにカポエイラというものが歴史的にも多様な価値観をもつのかというのがわかります。
これは現在でも、グループによって、さらには人によってカポエイラに対する認識や価値観は大きく変わるのです。